批評してみる2 - 映画「Bill Evans - Time Remembered」
平日の昼間、渋谷で時間ができたので、渋谷アップリンクで鑑賞してきました。(ネタバレなし、といっても、ドキュメンタリーなので、ネタを知っていても問題はありません。)
4月下旬から公開が始まっているのに、6月後半でもまだ上映が続いているのは、それだけお客さんが入っているからでしょう。
事実、平日の昼間にも関わらず、客席(58席)は全て埋まっていました。
内容は、ビルエバンスにまつわるドキュメンタリー。 ビルの出生から51歳で死去するまでの、人生のアップダウンが、時系列的に語られ、その合間に、ビルの共演者やスタッフ、知人、親類が、その時の出来事に対する想いを語っていきます。
学生の頃に「ジャズ批評ービルエバンス」という雑誌を古書店で買って以来、色んな記事を読み、CDを買って聴き漁ってきた私には、上映が始まってしばらく経っても、
「え? あの事件の裏にはこんな事があったの?」
と驚くような発掘された事実が出て来る訳ではなく、一瞬、眠気に襲われることもありました。
しかし、この映画は、そうした「驚くべき舞台裏」を暴くことが目的ではなく、
観る者に、ビルエバンスとは何かを分かりやすく提示した上で、観客に様々な疑問を抱かせ、考えさせる映画であることが分かってきました。
例えば、私が感じた疑問はこんな感じです。
なぜ、ビルは演奏活動を始めた初期からドラッグに囚われてしまったのか。
集中力を必要とする演奏と作曲を、ドラッグで身体がボロボロになりながらも、何故、死の2週間前まで続ける事が出来たのか。
10年以上も事実婚を続けたエレインに別れを告げ、再婚した相手と授かった息子エバンがいながら、何故、再びドラッグの渦に飲み込まれてしまったのか。
このブログを書いている今、階下のカフェから、偶然、Bill Evans Trioの”My Foolish Heart”が流れてきました。
https://m.youtube.com/watch?v=a2LFVWBmoiw
キャリア初期から、死の直前まで、トリオ、デュオ、ソロなど様々なアレンジでビルが演奏し続けた名曲。
映画は、その”My Foolish Heart”の演奏と共に、こんな言葉で終わります。
「この映画で使われるビルの演奏は、彼が録音した数多くの曲のほんの一部でしかありません。 もし、あなたが、ビルの音楽に興味を持ったなら、是非、ビルの音楽を探して、実際に耳にして下さい。」
スターの秘密を暴くえげつないドキュメンタリーとは対極の、ビルエバンスをよく知らない人にも、よく知る者にも、
「ビルエバンスをもっと知りたい」
と思わせる、非常に上品かつ丁寧な作り、かつ、ビルエバンスへの尊敬が溢れた良い映画だと思いました。
1時間25分という、コンパクトな作りも⭕️
見終わった後、私は、こんな言葉を思い出しました。
「もし、何かを成し遂げ、大成しようとすれば、あなたは多くの事を犠牲にしなければならない。」 ヘルマンヘッセ
アメリカのジャズ、ポピュラーシンガーの大御所、Tonny Bennetは、ビルエバンスから、かつてこんな言葉を言われたそうです。
「美と真実だけを追求し、他は全て忘れろ」
(上掲写真の映画ポスターのコピーでもあります)
しかし、そのために自分自身を含め、多くの人を苦しめてしまったのは事実。 (事実婚を続け、その後別れを告げられたエレインは、NYの地下鉄で投身自殺を遂げています)
良質なドキュメンタリーです。
全国のミニシアターでこれから上映する所もあるようですので、お時間ある方は是非!